2.甘い
「…っ、へっくしゅ!」
「兄さん、もうその辺で休みなよ。大分寒くなってきたみたいだし…」
「へーきだってこんくらい!ちょっと冷えちまっただけだって。アル、コーヒー持ってきてくれ。」
「んもぅ、病み上がりなんだから無茶しないでよね。」
「だーいじょうぶだって、お前は心配しすぎなんだよ。」
「兄さんはしなさすぎなんだって。」
そういいながら、弟は身重そうな身体を持ち上げてキッチンの方へと向かった。
二人で過ごすにはいささか大きすぎるであろうその一室があるのは、中央から少し北に向かったある街のホテルである。
こちらは一足お先に冬の恵みの恩恵を受けた土地でもあり、黒光りする敷石の上には薄く雪が積もり始めている。
アルフォンスは痛みも疲れも知らぬ身体ゆえ、自分が今住まうこの土地の気候がどのようなものなのかを感じる事は出来ないが、
兄が呼吸する度に白い吐息が舞い上がる様を見るだけで、既に相当寒くなっているには違いないという風に察しをつけてはいたのだ。
ここの所休む間もなく旅を続けていて、兄の身体はいささか疲れを見せていた。
風邪を引かないようにと十分に気をつけてはいたものの、やはり無鉄砲な兄は弟の言葉には耳も傾けずにひたすら賢者の石の情報を集める為に駆けずり回っていた。
案の定、この街に来たとたん流行り病に掛かり、数日の間動けなくなってしまったのはつい先日の事である。
熱がある間は流石のエドワードも大人しく寝ていたのだが、下がった途端にまたこの有様だ。
夜更かしだけはさせまいと奮闘しつつも、一度没頭してしまうと何を言っても聞かなくなってしまうこの性格にはほとほと参ってしまう。
今夜もこのような有様だ。
昨日のが大分堪えたのか、今日の兄の調子はそれほど良くなかった。
これ以上無理をさせては、治る病も治らない一方であろう。
心配する弟の身にもなってほしい所なのだが。
「ホント、その辺はいつまで経っても鈍いんだから。」
言われたとおりにコーヒーを入れなおそうとしていたその手を、青銅の鎧はふと止めた。
何を思ったか、用意していた物を直ぐに片付け始める。
そして、あるものを鍋に注ぎ火にかけた。
表情のないその顔には、何故か笑みが浮かんでいるように見えた。
「…ん?何だ、この匂い…」
コーヒーの苦い香りとは全く違う性質の香りが部屋中に漂っていることに、弟が消えてから幾分か経った頃少年はようやく気が付いた。
視線を向ければ、並々と注ぎ込まれたマグカップをトレイに載せている弟の姿が直ぐそこにあった。
何の躊躇いもなく兄にソレを手渡す。
「はい、兄さん。」
「おぉ、さんきゅ……って、何だコレ?」
「何って、ホットココアだけど?」
「…コーヒーって言ったよな俺、しかもいつものようにブラックのはずだったんだけど。」
「兄さんに早く寝てもらうためだよ。ブラックなんて飲んだらまた眠れなくなるじゃない。」
「いや、だからその為にお前に頼んだんじゃ…」
「いい加減に自分の身体の状態に気づいてよ兄さん。」
アルはその場に屈み込み、その大きな両手を兄の頬に添える。
一瞬の出来事に、エドは手にしていたカップを危うく取り落としそうになった。
目の前には真剣な眼差しでこちらを見つめている弟の姿。
冗談やふざけの意思はそこにはなかった。
「こんなに身体が冷えて、なのに顔が真っ赤になってるよ?また熱が上がってきたらどうするつもりさ。」
「あっ……いや、その…」
「確かに、一生懸命になってる兄さん見るのは好きだけど、そんな身体に鞭打ってまで無茶してる兄さんなんて見たくないよ。」
「アル……」
「行き急ぐのは兄さんの良くないクセだよ。今は自分の身体治す事に専念してよ。」
お願いだから無茶しないで?
寂しそうな顔でそう言われてしまえば、二の句が上げられなくなってしまう。
弟の、アルの言葉一つ一つが身に染みる。
自分が痛みも疲れも感じない身体だからこそ、それを全て感じられる兄を気遣い、そして心配しているのだ。
この世で、たった二人の兄弟なのだから。
「……悪かった、アル。もう無茶しねぇから…」
「…本当に?」
「本当だって、男に二言はねぇ。」
「じゃ、ソレ飲んできちんと休んでよ?」
「分かってるって、何度も言わせんなよ。」
苦笑交じりの顔で、エドは目の前の弟に告げた。
そして、手にしていたカップに口を付ける。
その匂いから感じた通り、口の中には甘い味が広がる。
「…あめぇな。」
「砂糖入れたからね。」
「にしても甘すぎるんじゃねぇか?」
「兄さんが普段糖分取らないからじゃないの?…それとも、分量間違ったかなぁ。」
心配そうにカップの中を覗き込むアルの姿を見て、エドははっと気づく。
身体のない弟には、到底味が分かるはずがないのだ。
「だっ、大丈夫だって。久々だったからな、こういうの。別にどうってことないからよ。」
取り繕うようにそういうと、また一飲みしてニカッと笑った。
兄のその不器用な愛情にまた心が温かくなる。
『兄さんのこういう表情に弱いんだよなぁ〜僕って。だからすぐ甘やかしちゃうんだよね。』
何だか複雑な気持ちになり、可笑しくてたまらなくなった。
それを露には決してしないのだけれど。
「さ、今日はこの辺で終わって。早くベッドに直行!」
「分かってるって。さっさと寝ればいいんだろ寝れば?」
「そういうこと。ほら、とっとと布団に入る。」
「へーいへい、アルフォンス母さんには逆らえませんよ〜っと」
「こら、兄さん!?茶化してないでさっさと」
「分かってるよ、もう言うなって!」
その場から逃げるように書斎からエドは姿を消した。
振りほどいた金髪を揺らめかせながら。
寝室に戻る道すがら、背後で部屋の後片付けをしているだろう弟の姿を思い、苦笑する。
『何だかんだいって、やっ俺ぱアルには甘ぇよなって。』
それが幸せだと感じながら、少年は眠りにつくのであった。
夜が更けていく中、白い光だけが舞い降りていた。
fin.
とりあえず、鋼小説を更新すべく試行錯誤いたしました(苦笑)
「甘党/甘党ブラザーズ/甘い」のどれかで書けという事で、どうしようか迷いましたよ
甘党だったら何かワンパターンになりそうだなぁと思い、『"兄に""弟に"が甘い』と『ホットココアの甘い』を掛け合わせてみましたww
こんなほのぼのした生活が二人に続けばいいんですけどねぇ〜
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