Stubbornly Mind - 4
「うぉぉおおおおお!!!!」
突如部屋中に雄叫びが轟き渡る。
その衝撃に少年が一瞬たじろいだその時だった。
押さえ付ける力が緩んだ瞬間、間髪入れずに少女は自らの出しうる精一杯の力で、
自身に覆いかぶさっているその身体を勢いよく蹴り上げた。
少女の衣服に刻まれた亀裂が更に大きくなり、蹴り飛ばした衝撃と共に破れ散る鈍い音が響き渡る。
眼前からゆっくり孤を描くように吹っ飛んでいく肉体を見上げつつ、
少女は
好機とばかりに自らの体制をさっと整えた。
少女が柔らかい寝台の上で身構えるのと、少年が軽く身体を捻ってさっと着地したのはほぼ同時であった。
あの一瞬の隙を突いたというのに、流石というべきか。
この養成所の
主人(でありながら自身も一人の
選手(である少年は、
いともたやすく突然訪れたこの危機を難無くくぐり抜けたのだ。
現に今彼は何事もなかったかのような佇まいでこちらを見ている。
解ってはいた事だが、よくもまああのように上手く不意打ちを突かせたものだと改めて思う。
本能的にそうするしかないと直感し、何の躊躇いもなく間髪入れずに半ば衝動に身を任せたからこそ、
成功したと言える。
でなければ、即座に彼に行動を読まれ、確実にその脚を絡めとられていたであろう。
サファイアは幼い頃自身を守る為に鍛え上げた自分の身体能力と瞬発力に感謝せざるを得なかった。
だが、それと同時に少年も彼女とはまた違う
思考(を巡らせていた。
自らの内に多少なりとも油断があったという事を否定しないにしろ、
まさか少女があのような行動を取る等とは露にも考えていなかったのだ。
今では此処に居る誰もが自分の事を尊び、そして恐れる者が非常に多くなった。
寧ろ普通に接し、慕ってくれる者の方が圧倒的に少ないのが現状である。
今自分と対等な目線で接してくれる
補佐者(など、
ブルーとイエローとクリスくらいなものだ。
その誰とも気質の違う目の前の少女。
今日来たばかりの彼女は、確かに自分の地位とか強さなど知る由もないであろう。
だが、何も知らない訳ではあるまいし、
寧ろ先程の威圧では完全に押されて泣きそうな顔をしていたのは見間違いではないはずだ。
彼女の中で、一体何が起こったのか。
彼女が何者なのか想像すらつかない。
少女は藍い眼をメラメラと燃え上がらせて、少年は紅い眼をしばしばさせて、
拮抗とも安穏とも言えないようなつかの間の静寂が訪れた。
その張り詰めた糸を裁ち切ったのは少年の瞳から驚愕の色が薄れたその時だった。
「…くっ、いきなり何を叫んだかと思いきや、このボクに蹴りを喰らわせるなんて…命知らずにも程があるよねキミ。」
「なっ…っ!あっあんたに言われたくなかとよ!人の事何ば思うとるとね!!あたしはあんたの奴隷なんかじゃなか!!」
「…そうだね、確かにキミは
補佐者(さ。」
一体、誰がそんな事言い出したんだろうね。
少女の猛りとは全く釣り合わない、温度を失った清涼な声。
いきなり敵意を削がれた素振りを見せられ、少女は目を見開く。
先程の深く鋭い空気はもう、彼から感じられない。
何だ、自分の蹴りが良くない場所に当たったのか…?
いや、そういう風には全く見えない。
というより、何か根本的な"何か"が消え失せたと言うべきか。
彼がいきなり平静さを取り戻し、かつ持ちえていた関心すらも失せてしまったかのような静寂。
一体何が起こっているのか。
戸惑う亜麻色の少女を余所に、少年は何事もなかったかのようにクローゼットの扉に手をかけていた。
「…何かくだらな過ぎて馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。何だかんだあって疲れてるのかな、ボク。キミのせいで父さんへの報告し忘れちゃったしさ。」
「なっ…!あんたが勝手に突っ掛かってきたとね!!あたしのせいにするんじゃなかよ!!」
「あー五月蝿い五月蝿い、少しは静かにしたらどうなのさ。仮にも女の子なんでしょ?キミ。」
「あんたに言われたくなかよ!なしてそげな事言われんと…」
「威勢が良いのはいいけどさ、いい加減自分の姿に気付いたらどうなの?」
「はっ?あんたいきなり何ば言って………!!?」
何事かと思い、ふと自分の身体を見下ろした少女は、言葉を失ってしまった。
少年が引き千切った衣服は言わば胸元が少しあらわになるくらいの小さなものであったが、
少女が蹴り上げた時にその裂け目が更に大きくなってしまったのだ。
今や胸元だけでなくその白い肩や引き締まった腹部も顔を覗かせている。
それは則ち、下着姿にプラスαとして破れた衣服を軽く纏っている状態であることを意味していた。
正直に言って乙女としてそう更々と見せていい姿ではない。
己の姿に気付いた少女は声にならない悲鳴を上げた。
慌てて近くにあった
掛布(を手に取り、身を隠すように潜り込む。
「なっ…なしてそう大事な事ば先に言わんとね!!」
「…普通それくらい自分で気付かないでどうするのさ。」
「あんたが余計な事ばせんかったらこげな事にはならんかったとね!!」
「あ〜もう分かったから、これ着てとっととお風呂に行っといでよ。」
そう言って少年はクローゼットの中から出したバスローブを少女の方に放り投げた。
ふわりと舞ったクリーム色の布地が、少女に覆いかぶさるように落ちた。
自らの頭上に掛かったタオル地のそれを振りほどくように拭い去り、手に取ってまじまじと見つめ返す。
そして、また視線を少年の方へと向ける。
『なっ…どっどういう風の吹き回しとね?さっきの扱いと全然違うとよ?あたし何か変なことしたと?』
先程とは大違いの態度に戸惑って困惑の渦に捕われていた少女を余所に、
未だ動きを見せずじっとしている少女を認めた少年が、皮肉めいた口調で言葉を投げ掛けた。
「…あのさ、さっさとしてくれない?ボク早く着替えてお風呂入って寝たいんだけど。キミがそうやってボーッとしている間ずっと待たされるボクの身にもなってくれない?」
「なっ…」
「ほら、さっさと行く。それとも、ボクに脱がして欲しいとでも言いたい?」
極め付けに口許だけうっすらと微笑ませて、少年は小首を傾げてみせた。
厭味を言われたと同時にからかわれたのだと察した少女は、頭にカッと血が登る。
「分かったったい!!行くとよ!!行けばよかとでしょ?!!行けば!!」
腹を立てた少女は、自身の破れた衣服とバスローブを抱えて、
直ぐさま部屋の奥の方にある浴室へと向かっていった。
その上下する後ろ姿を見送る少年の顔には、ほのかに楽しげな笑みが浮かんでいた。
一人で入るにしては大きく豪華過ぎる浴室。
大理石の床に露天風呂のように岩で縁取られた浴槽、そして岩山の間からチロチロと出てくる温水。
温度調整や温水の噴出量などは、浴室の入口にあるタッチパネルで全て調整出来るようになっている。
『毎日こげなとこば一人で入っとうとか、あいつ…』
何と贅沢なことだと思う反面、
先程彼が怒りに任せて口走った
台詞(が頭の中に蘇ってくる。
誰も本当の僕なんて見やしない。
それは、彼が此処の頂点に立ってしまったが故の事象に過ぎない。
だが、そうだといって早々割り切れる問題でもないのだろう。
人間であれば誰しもそう思うに違いない。
苦痛でないなどとは言えるはずがない。
『…寂しかったんやろうか、あいつ…』
そんな訳があるのか否か、少女には知る由もない。
彼の事など、まだ殆ど知らないのだから。
「けど、これだけは言えるったいね。」
あの少年の性格は異常にひん曲がっているということだ。
常に人を遇い、小馬鹿にし、嫌な笑みばかり浮かべているに違いない。
「だってどう見たってあの顔ば素であんな事ば言っとうとね!普通乙女の前で『脱がしてほしい?』なんて言わんとよ!!」
そうだ、どう考えたって普通の男ならそんな暴言を女性に吐くはずなど…
「……あれ?」
何故彼はそんなことを言ったのだろうか。
最初に部屋に入ってきた瞬間、嫌悪を剥き出しにするような振る舞いを見せ、抵抗が出来ないように威圧し、押さえ付けていた彼が。
明らかに敵意を剥き出しにしていた態度であった彼が。
もし素で喋っていたとすれば…
「…少なくとも警戒心ば解かれたっていう事と?」
『ルビーさんがリラックスして普通に接してくれるようになるまでが大変だと思いますが、それさえ出来れば後は互いに歩調を合わせていくだけです。
今のあの方相手には難しいかもしれませんが…サファイアさんなら大丈夫ですよ、きっと。』
昼間向日葵色の少女に言われた言葉が頭の中に蘇ってきた。
まだあの言葉が意味する所にまで達してはいないのだろうが。
「とりあえず第一段階はクリア出来たということとね。…気に食わん奴やけど、やるしかなかとよね。」
憎まれ口を叩きながら、少女は水面に口許を埋めた。
ほのかに波打つ水面が、光を受けて揺らめいていた。
乏しい明かりが生み出す空間が広がる部屋に、少年はいた。
外はすっかり日が落ちて暗くなり、窓辺に腰掛ける彼の顔を映し出していたのは月の光だけであった。
その白い指に絡められている針と糸は、何の躊躇いもなく布地の中に入っていき、その調を休める事はなかった。
少女が部屋から姿を消して一刻が経とうとしているかいないかの僅かな間に、それは出来上がっていた。
その手捌きは実に器用で、衣服の細部にまでその
力量(は至っていた。
出来上がりを確認した少年は、薄く笑みを浮かべた。
「とりあえずは認めてあげるよ。…まだ様子見だけどね。」
突然舞い込んできた亜麻色の少女。
一見すると何処にでもいるような普通の少女であるが、その内はなかなか計り知れないものがある。
一見大人しそうかと思えば、怒りを全快でぶつけてくるだけの闘志を持ち、その力も一般に比べればなかなか強い。
彼女の今までの境遇がどのようなものかは分からないが、少なくとも苦労を知らない飼いならされた箱入り娘とは訳が違うことだけは窺える。
久々に手ごたえのある者がやってきたという、ある意味歓喜を憶えるこの瞬間を、まさかもう一度感じる事が出来るとは。
いいだろう、望む所だ。
君の素質、この目で見極めてあげようじゃないか。
あの男が送り込んだ"刺客"がどういう人間なのかにも興味があるしね。
月夜が美しい空間の中に、紅い瞳が怪しく光を放った。
絶望ヲ映シ出シテイタ紅ノ瞳ニハ
何ガ映リ行クノダロウカ
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大きく括れば、此処で第一段階(俗に言う第一章)が終了っていう感じですね。
さてこの話は一体何章まで行くんだろうか(笑)←えぇぇ
僕的には六から七はくだらないんじゃないかと勝手に思ってるんですが(算段立てろよ)
折角なので遊びたい要素もあるんです、けどあんまり長いと本気終わらないなぁ(^^;)
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