The Wizards Of Silence−第四話
一体何が起こったというのだろうか。
目の前にいた男達は少年の魔獣たちに束縛されていたのだから何も出来なかったはずだ。
しかし、現実に目の前の少年は苦しそうにうずくまっている。
彼が崩れた瞬間、辺りに及んでいた
魔力が消え失せたためか、
男達は自由の身となっていた。
それ幸いと思ったのか、男達はそれぞれに恐れ戦いた叫びを上げながら一目散に逃げて行く。
「今のうちだお前ら!引き上げるぞ!」
「あっ!ちょ…っ!待つったい!!」
逃げ出していく男達を追い掛けようとしたのだが、自分のすぐ側でうずくまっている少年が気にかかってしまい、
少女は駆け出すことが出来なかった。
先程まで優位に立っていたはずなのに一体どうしたのだろうか。
「あんた…大丈夫ったいか?」
少女は彼の側に屈み込んで伏せられている顔を覗き込んだ。
そこで彼女は驚愕に満ちた顔を浮かべることになる。
彼の顔面からは血の気が失せていて、額や首筋には冷や汗が丸い雫を作っている。
心なしか呼吸も荒くなっている気がする。
瞳には先程のような焔は灯っていなかった。
「ちょっ…あんた…顔すごか真っ青ったいよ!」
「大丈夫…だよ…」
「これのどこが大丈夫ったいね!そげん体調悪かとに!」
「本当に…大丈夫だから…」
少年は乱れた呼吸を整えようとしながら、尚も苦しそうに言葉を紡ぐ。
平常の力に戻った彼の
相棒(達もそろそと近寄ってきて、
心配そうに彼に寄り添っていた。
「ごめんね皆…しばらく回復に費やしたいから、戻ってくれるかい?」
少年の言葉に魔物たちは頷き、差し出された彼の手に擦り寄る。
先程よりも弱い光が灰と桃と緑の魔物を包み込み、次の瞬間には彼等の姿は忽然と消え失せていた。
「…回復?」
「うん…」
彼は側に残った蒼色の獣に手を延ばし、額や頬を撫でる。
そして少女に視線を向けて、弱々しく答える。
「ボクの身体、ちょっと訳ありでね…力を制御する魔術具を付けてるんだ。」
「力を…制御?」
「そう。だから一度に魔力を沢山使うと、需要と供給のバランスが崩れてしまってね。
最終的には魔力の供給が追い付かなくなって、今みたいに貧血のような症状が出てしまうんだ。」
我ながら情けないよ。
自嘲のそれで少年はふっと笑いを漏らした。
少女はそれにどう対応していいか分からず、ただ戸惑いを見せることしか出来ない。
「…そういえば、今日、あの場所から…此処…まで、走って、来た時…に、魔力、使ったんだっけ…?
計算に…入れ、忘れて………ふっ、…ボクも、まだまだ、…だね。」
でも、しばらく…休め、ば、元に戻る…から…大丈…夫……。
今にも気を失おうかという危うさを見せ続ける少年。
どう見たってそんな言葉を信じられるような状態には見えない。
いくら大丈夫だと言われたところで、少女は心から安心することが出来なかった。
しばらくと言ったってどのくらい休めばいいのかなんて分からないのだから、
こんなところに彼を留まらせる訳にはいかないだろう。
休むのなら、それ相応の場所でするべきだ。
「だったら、すぐそこにあたしの秘密基地があるったい。そこに行けばちゃんと休めるとよ。」
「…いいよ。本当に…少し休めば大丈…夫…だから…」
「そんな風ば言われたかって説得力なかとよ。大丈夫ったい、歩けんのやったらあたしがそこまでおぶったるったい。」
「でも…」
「気にせんでよかよ。さっ、行くったい。」
そう言って少女はその華奢に見える力強い腕を少年の方へと伸ばし、その肩に触れた。
その時だった。
「…っ!」
「…っ!!」
二人の間に突然まばゆい光が発生した。
先程彼が作り上げた魔法陣のものよりも数段輝いたもので、視界が一瞬で白く染まる。
少女は驚いて手を引っ込め身を竦めてしまい、
まともに動けなかった少年はただ目を見開いて己の周囲で起こった出来事を呆然と見ていた。
発された光は、何かに飲み込まれたかのようにすぐに消え失せてしまう。
後に残ったのは静寂と二人の子供の影だけであった。
「なっ…なんやの?今の…」
「……。」
何が起こったのか分からなくて混乱している少女を余所に、少年は自分の身に起こった事実に驚愕していた。
そんな馬鹿な……魔力が…一瞬で回復した…?
少年は表情を固定したまま、己の両手を凝視する。
確かに今の自分は先程のように力が満ちていた。
だがこれは常日頃なら決して"ありえない事実"であった。
"ある可能性"を除いては…
いや、そんなはずはない。
きっと何かの間違いだ。
そう思い直した彼は渦巻いた気を静める。
平生の表情を取り戻した少年は何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
「あっ…あんた…もう大丈夫なんか?」
「うん。………どうやら回復出来たみたいだ。君のお陰でね。」
「あっ…あたし?」
「君の魔力だよ。それがボクに力を与えたみたいだ。」
「あたしに魔力が?」
「…気付いてなかったの?」
少年は少女の方に再び視線を向ける。
「普通魔物たちは人間を嫌う。それは人間が魔力も持たない、自分たちと似通ったものがない異端者だからだ。
今君がそうして魔物たちと一緒にいられること。それが魔力持ちの何よりの証だよ。」
「そっ…そやったんかぁ…」
じゃああたしの魔力が役に立ったとやね。
少女は安堵の息を吐き、嬉しそうに綻ぶ。
だが当の少年はこの事態を訝しく思っていた。
実際、彼女の魔力は普通の人間よりは数段強いものの、"それだけ"で彼の魔力を満たせる程の器ではない。
つまり、自分の経験からいくと、全く筋が通らないからだったのだ。
もしやという思いと、まさかという考えが入り混じる。
だが奴らを逃がしてしまった以上、この事についてあれこれ思案するのは"絶対"であっても後にするべきだ。
その為に、一刻も早く己の用事を素早く済まさなければならない。
つまり、これ以上時間を費やす訳にはいかなかった。
「とりあえずボクはもう行く事にするよ。お礼だけ言っとくね。ありがとう。」
「待つったい!あんたさっき届け物があるぅ言うとったね。なしてこんな森の中ば通ってきたと?
コトキやミシロに行くんやったらわざわざごげなとこ通らんでよかとやろ?」
「しかたないだろ?届ける相手がこの森にいるんだから。そうじゃなきゃちゃんと郵便で送ってるよ。」
「この森に…?」
「うん、オダマキさんっていうんだ。そうだ、君はこの森で生活してるんだろ?研究者の男の人見なかったかい?」
「なんやあんた、父ちゃんに会いに来たったいか。」
「…はっ?」
「だからオダマキ博士いうたら、あたしの父ちゃんのことったいよ。」
思わぬ所で手に入った情報に混乱せざるを得なかった少年とその
相棒(であった。
「ほら、こっちったい。」
二つの影が草木を掻き分け、更に森の奥深くへと進んでいく。
そして暗がりから急に抜けたように視界が晴れた。
その場所には深い森の中にぽつんと光が差し込んでいる。
それは、その辺り一帯には木々がなかった為だ。
その晴れた所に一軒の木造の小屋が立っていた。
表面は差ほど朽ちているようには見えなかったが、その色は青黒くくすんでいる。
建てられてから随分と経つのだろう。
その建造物へと亜麻色の髪を持つ少女は自分の
相棒(と連れの少年を引き連れて向かっていく。
古びた扉に手をかけて、中にいるはずであろう"その人"に声をかけた。
「父ちゃん!ただいまったい!」
「おかえり、サファイア。」
仮の研究所とはいえ、ここまで機材が少ないのかと思えるほど、大型なものは殆どない。
その代わりに置かれている沢山の書類の束と木箱の間に、一人の男がいた。
研究者にしては体つきがよく、人当たりがいい顔付きで、短く切られた髪は少女と同じものであった。
父親から聞いていた身体的特徴から見ても、十中ハ九彼が父親の『オダマキ』だろう。
「森の方はどうだった?」
「すまんち、とっちめてやろう思たけど逃げられてしもうたったい。」
「そうか…まぁ無事でなによりだ。…ん?そっちの彼は…?」
「あっ父ちゃんにお客様ったい。」
男は娘が連れてきた少年をまじまじと見つめた。
黒の帯がついた白い不思議な帽子。
そして全身を覆うような黒い上着。
そして何処か見覚えがあるその紅い瞳。
「はじめまして、オダマキ博士。ボクは…」
「おぉ!もしかして君はルビー君かい?!」
「えっ…はぁ、そうですけど…どうして…」
「やっぱりそうか。いやぁ〜すっかり大きくなって。」
オダマキはその大きな手で少年の頭を軽快よく二度ほど叩いた。
その顔は喜びの
雰囲気(に満ちている。
彼に触れられた事で一瞬大仰に少年は驚いたが、その後自分の身体に"何事も起こらなかった"事を確認すると、
そっと安堵の息を吐いた。
そして、何事もなかったことを装う。
「えっ…ボク以前博士にお会いしたことがあるんですか?」
「随分昔だがな。だがその格好と、その
瞳(ですぐ分かったよ。」
本当に昔のアイツにそっくりだからな。
満面の笑みを浮かべて男は少年を見遣る。
少年は少々複雑な表情をしたが、直ぐに気を取りなおし表情を戻した。
「で、今日は一体どうしたんだい。」
「父から言伝を頼まれました。」
この手紙を渡して欲しいと。
少年は懐にしまっていた白い封筒を差し出した。
それを手にした男はしばらくそれを見つめ、何かを思い出したかのように声を上げた。
「おぉ!もうそんな時期だったか!いやぁ、すっかり忘れていたよ。手間をかけさせてすまなかったね、ルビー君。」
「いえ、そんな大した事じゃないので。お気になさらずに。」
淡々とした口調で答える様は、既に大人の社会に通じている事を意味していた。
大の大人を相手に引けを取らない彼の姿は少女の眼に煌びらかに映る。
「じゃあボクはこれで。お邪魔しました。」
「えっ…もう帰るけんか!お茶くらいば出すとよ!」
「気を使わなくていいよ。ボクはこれを届けにきただけだから。」
「でも…今からや森ば抜ける前に日が暮れてしまうとよ。」
「だからこそ早くお暇しようとしてるんだ。あんまり長居をする訳にもいかないしね。」
「そんなっ…まださっきのお礼ばしとらんとよ。」
「人として…いや、魔術師として当たり前の事をしただけだよ。そんな特別な事じゃない。それに、ボクのせいで奴らを逃がしてしまったしね…」
「そんなことなかよ!あたし、あんたがおらんかったら今頃…せやから何かさせて欲しかよ。」
「でも…」
「じゃあルビー君、今夜は家で泊まっていったらどうかい?」
「「えっ?」」
手紙の封を開けて読んでいたオダマキが、少年に向けて言葉を発した。
子供たちは思わぬ展開に驚きを示す。
「どのみち今からじゃ家に戻る前に夜になってしまうだろう。
いくら君が腕の立つ魔術師と言えど、"まだ"子供だ。
夜道を歩くのは些か危険過ぎるだろ?」
魔物達の多くは夜行性なのだ。
日が暮れた後に、特に森の側を歩くのは一般人はおろか、
その道の
専門家(でさえ危機に
曝(される事になりかねない。
「ここじゃあ特別なおもてなしは出来んが、食事と寝床は用意出来るからね。」
「しかし…」
「あぁ、家のことは心配しなくていいよ。君のお父さんも了承済みだ。」
そういって男は手にしていた白い封筒を指差す。
どうやらこのことを見越してあらかじめ書き記してあったようだ。
「せやったら問題なかとよね。ねっ、今夜は泊まっていくったい。」
少女は満面の笑みで少年に語りかけた。
その可憐な姿を見て、どうしようかと思案を巡らす。
それは"先程の事"がまだ気にかかっていたからだ。
しかし、少年はしばし悩んでから首を縦に振った。
『…大丈夫だ。ボクさえ気をつけていれば…きっと……。』
瞳を閉じた少年の白い手は、胸元に潜めさせていた宝具に当てられていた。
アイツノ態度モ仕草モ、ソノ能力(モ
全部彼ノ強サヲ示ス、ホンノ一部ノモノニ過ギンカッタト…
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今回はあまり書き直ししてないはずなのに、3話と容量が同じだった…
えってことは元々の文章が長すぎだったってことですか?(笑)そうですか…
今から思えば、連載時の2話を合わせると結構展開が早い感じがしますね(苦笑)
でもこのペースで13話まで行くんですから、私の考える話が長すぎるんですよね;;
…しかしオダマキ博士、いくら自分も居るからって年頃の男女を一つ屋根の下で寝かせるのはどうなんですか(笑)
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